希望燃ゆ 諏訪の里
希望燃ゆ 諏訪の里 [第33回] 26. 暮らしの中の神々…ムラムラに祀られている神社…
希望燃ゆ 諏訪の里2023.07.20
様々な神々 自覚の有無はともかくとして、多くの人々はその暮らしの中に、土地その土地に神が宿っていると信じている。神棚の中をあらためて見てみると、「天照皇大神宮祈祷璽」を中心に、竈神社祈祷璽、剱神社祈祷璽、宇賀神社祈祷璽、戸隠神社祈祷璽などいくつかの神々が祀られている。同様に、村々には必ずといっていいほど「社」がある。ムラを構成する人々によって祀られ、結束のための拠り所となっている。
多い諏訪社 明治時代初めころの「諏訪社」の郡別数は、中頸城郡が286社と最も多い。同年の中頸城郡内では諏訪社が286社、神明社が191社、八幡社が141社であり、郡内1,272社の22.5パーセントが「諏訪社」、15.0パーセントが神明宮であった<1883(明治16)年『新潟県神社寺院仏堂明細帳』>。諏訪社の多くは、水田開発の神として祀られている。御神体は、石祠が多い。石祠を祀るとその土地が洪水から免れると信じたからだという。田地が洪水に襲われても水が引けば石祠が健在であり、水没しても稲を守ってくれていると信じられた。諏訪社は、戦国時代の終わりころから江戸時代にかけて高田平野の開拓が盛んに行われた時代に盛んに招き入れられた。信州からの開拓移民が多かったことにもよる。諏訪社の祭神は「大国主命」の子どもの「建御名方命」である。次いで、河川利用による新田開発によって成立した新田村を中心に「神明宮」が多く祀られている。神明宮は伊勢の御師によって広められた。洪水を防ぐ神として祀られている。
村々の神々 <合祀前は『神社明細帳』1883年(明治16年)による。>
大字 |
神社名 |
祭神 |
氏子等 |
合祀等 |
上真砂 |
諏訪社 (字南浦) 祭礼;4月10日、10月10日 |
建御名方命 |
氏子38戸 奉納本社・拝殿棟札;文化6年9月 |
境内社に秋葉神社石祠 |
杉野袋 |
金山神明宮 (字金山) 祭礼;4月10日 |
金山彦命 |
氏子9戸 |
金山神明宮に八幡社(祭神;応神天皇字東畑)、春日八幡社(祭神;応神天皇字諏訪)を合祀(明治41年) |
北新保 |
諏訪社 (字何年坊) 祭礼;4月10日、秋は未定 |
建御名方命 |
氏子20戸 境内に石碑「晩香川室翁碑」大正4年3月がある。 |
字何年坊に諏訪社石祠が二つあった。境内が広い諏訪社に合祀(明治40年) |
南新保 |
諏訪社 (字鳥越) 祭礼;4月10日、 秋祭りは未定 |
建御名方命 |
氏子43戸 |
字鳥越に諏訪社石祠が二つあった。境内が狭い諏訪社に合祀(明治41年) |
高森 |
諏訪社 (字おやしき) 祭礼;4月5日、 秋祭りは未定 |
建御名方命 |
氏子26戸 字名「おやしき」に御蔵屋敷があったという。 |
諏訪社石祠の他に年不詳の石祠がある。境内に観音堂、馬頭観音がある。 |
諏訪 |
諏訪社 (字宮ノ浦) 祭礼;4月2日 |
建御名方命 |
氏子22戸 |
下堀之内村字下宮ノ浦の諏訪神社に諏訪社(祭神不詳、荻野村字天白)を合祀(昭和36年頃)。字天白の諏訪社は、荻野村字野諏訪にあった諏訪社を字大天白社(祭神不詳)に合祀、諏訪社に改称(明治42年)。下堀之内の諏訪社はかつて大字下堀之内にあったが、昭和36年頃に芳澤記念公園の一部を譲り受け移転 |
東原 |
金山社 (字金山) 祭礼;4月3日、
|
金山彦神 金山比売神 |
氏子10戸 棟札;社殿造営昭和11年8月 |
以前は星野家の屋敷内にあったものを移転。石祠を移転したが災難が続きもとに戻した。祭礼では、家で御祓いを行った後に神社へ |
鶴町 |
八幡社 (字四反田) 祭礼;4月3日、 10月10日 |
誉田別命 |
氏子33戸 社殿内石祠年不詳 社殿外石祠明治14年氏子中の銘 |
諏訪社(建御名方命 字四反田)、諏訪社(字下中才)を八幡社(字竹ノ花)に合祀(明治40年)。水神がほ場整備により四反田714番地より平成15年3月に移転。馬頭観音像がある。 |
北田中 |
熊野神社 (字壱丁田) 祭礼;4月3日、 11月3日 |
伊弉冉命 |
信徒11戸 社殿内石祠年不詳
|
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米岡 |
米岡神社 (字坊主作) 昭和11年社殿を再建 祭礼;4月3日、 11月3日 |
建御名方命 |
氏子62戸 |
諏訪社(祭神建御名方命、字野諏訪=米岡新田)、神明宮(祭神天照皇大神、字二番割)、白藤社(祭神木花開那姫命、字番場)、稲荷神社(倉稲魂命、字屋敷畑)が諏訪神社(祭神建御名方命、字坊主作)に合祀(明治42年) |
米町 |
八幡社 祭礼;4月5日 10月20日 |
応神天皇 |
氏子9戸 |
かつては字町屋敷に位置した。昭和47年5ケ字統合で新屋敷字宮ノ越の諏訪神社に合祀。米町町内会の成立で、平成18年4月に現在地に分祀 |
米岡新田 |
秋葉神社 祭礼;4月29日 |
火之迦具土大神 |
氏子15戸 |
字野諏訪にあった諏訪神社が、明治42年に字坊主作諏訪神社に合祀。その後事故が多く、秋葉神社を明治44年7月1日にあらためて建立 |
※ 祭礼の期日、氏子数は2015年10月での状況
※ 引用・参考 『上越市史 別編3 寺社資料1』180-197 上越市(2001.3.31)